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三金と言う男

いつも側にいてると思ってた三金が、突然逝ってしまった。

先日の『桂三風35周年独演会』では、翌日に自分の独演会があるのに、わざわざ京都の【よしもと祇園花月】まで来て手伝ってくれた。

彼はよく「体脂肪率50%。身体の半分が脂で、もう半分は優しさで出来てます。」と言っていた。
確かに優しい男だった。
彼の危篤の報せを聞いたのは、豪華客船“ぱしふいっくびいなす”で航海中の事だった。

たまたま、別府に入港していた。
最初は、信じられず「明日、神戸に入港するから、それから見舞いに行く」と言ったら、今晩がヤマだと言う。
あの、元気の塊のような三金が?
信じたくなかったが、もし悠長に船旅を続けてる間に亡くなったら、この航海を一生後悔する。
そう思って急遽下船し、新幹線で大阪の【都島総合医療センター】へ。

午後6時半ごろ到着。
ICU集中治療室では、いつも合宿中によく見る血色のいい彼の寝顔があったが、口に管を通され、朝倒れてから意識も戻らず、身動き一つしてなかった。
奥様、お母さん、妹さんらご家族をはじめ、文枝一門、三金の同期のメンバーも部屋に入って声を掛けて励ましていた。
師匠は【なんばグランド花月】の出番の合間合間に顔を見に来て元気づけてらっしゃった。
午後8時。
ICUの退室時間。
師匠が、4回目の出番を終えてICUに特別に入れてもらったのは午後9時前。
容態は変わらないが、落ち着いているとの事で、師匠もわれわれも解散する事になった。
そして、みんながICUを出てから…
三金は、息を引き取った。
励ましに来てくれた人に気を使ったのか?
われわれの目の前では、死に目は見せなかった。


毎回、新作ネタ下ろしをする『できちゃったらくご!』のメンバーだった三金。
みんな、本番ギリギリまでネタ作りしてるのに…
いつも、余裕がある。
人の台本にアイデアくれたり、場合によっては、サゲを考えてくれたりした。
本番間際で、三金に助けられた事は、メンバー誰しも何度かある。

とにかく、器用な男だった。
私が、三発兄さんから習い、三金らに教え継ないだバルーンアートは、いつの間にか一門で一番上手になっていた。
また、空気も読める男だった。

何年か前、うちの師匠が“リカンベント”と言う自転車に乗り始めた頃だった。
早朝に師匠から淀川の河川敷に呼び出された。
何の事だかわからず、とりあえず大急ぎで河川敷に着いたら私が一番早かった。
呼び出して直ぐにやって来たので師匠も喜んで下さった。
「おい、お前この自転車に乗れるか?」
それは、初めて見る“リカンベント”だったが、ここは上手く乗りこなさなければと思い、必死でバランスとって乗ったら…結構スイスイ乗れた。
それから1時間近く遅れて、三金が息をゼイゼイ言わせてやって来た。
「三金、この自転車に乗ってみい!」
彼は、草むらに突っ込んで行ったり…
少年野球の練習中のグランドを横切ったり…
師匠は、大爆笑。
「やっぱり、三金は、オモロイわ」と師匠を喜ばせていた。
器用に乗れるはずなのに、自分の役割をよくわかっていた。
何でも首を突っ込んでいたいタイプだった。
『彦八まつり』なんか、次から次へとイベントの掛け持ちをして走り回っていた。
そんなに忙しくしてるのに【生國魂神社】の絵馬は、ちゃんと書いていた。


神さんは、願い事聞いてくれはらへんかった。
ひょっとして、三金。
おまえ、お供物食べたんちゃうか?

三金が亡くなって1週間。
まだ、気が抜けた感じだが…
そんな事、ズッと言ってられない。
『できらく!』では、三金を偲んで緊急落語会を開催します。

また、今となっては最後の彼との合宿。
夏の鳥取県八頭町での『できらく!合宿』の報告落語会も開催します。

三金の映像も出てまいります。
是非、お越し下さいませ。
2019/11/17
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